ことグレイ・ガーデンズがらみの情報については早耳のわたしの元に、先日あるニュースが飛び込んで来た。ドリュー・バリモアとジェシカ・ラング主演のHBO Filmsの新作テレビ映画、『グレイ・ガーデンズ』が、日本のWOWOWで放映されることが決定したというのだ。
そう、4月に全米でオンエアされ、今年のエミー賞で17のノミネートを受けた、あの『グレイ・ガーデンズ』だ。
気になる日本での放映予定日は11月3日。
11月7日から東京で翻訳上演が予定されている、大竹しのぶと草笛光子主演、宮本亜門演出のブロードウェイ・ミュージカル、『グレイ・ガーデンズ』と時期を合わせてのオンエアである。
ところで、実在の人物の半生を描いたフィクション映画はいろいろ見たわたしだが、実は、このHBOの『グレイ・ガーデンズ』のようにハラハラドキドキして見たものは、今までに無い。
いやはや、まるでサスペンス映画でも見ているかのようだった。
理由は簡単。
わたしが、映画が描く実在の母娘たちと、この新作の元となったメイズルス兄弟による1975年のカルトドキュメンタリー映画、『グレイ・ガーデンズ』の大ファンだからだ。
そして、これが良い作品に仕上がっていることをひたすら望んだからなのだ。
母娘の描き方を間違えやしないか、言わせなくてはいけない有名な台詞をもらしやしないか、衣装の着せ方やアクセサリーのあしらい方を間違えやしないか、テレビの前で手に汗にぎりながらエンドクレジットが始まるまで見守っていたのである。
で、結果はどうか?
これが、自他ともに認める『グレイ・ガーデンズ』オタクのわたしも、大いに満足する出来だった。
映画の主人公は、イーストハンプトンにあるグレイ・ガーデンズと呼ばれる屋敷に住む二人の女性、イーディス・ブーヴィエ・ビール(ビッグ・イーディ)と、同じ名前を持つその娘のリトル・イーディ。
ケネディ大統領の未亡人、ジャクリーンの叔母と従姉妹にあたる母娘は、屋敷で極貧生活を送り、1971年にお役所から立ち退き命令をくらったことがきっかけとなって、そのエキセントリックでボヘミアンな生活が世間の注目を浴びた。
そして、数年後に製作された前述のドキュメンタリー映画でさらに有名になる。
さて、ここで言っておかねばならないのは、実在の人物、それも30年以上もの間ファンに愛され続けた、カルトドキュメンタリー映画に登場する人物の半生を元に映画を作るには、乗り越えねばならないハードルがいくつかある、ということだ。
まず、母娘を演じる役者は実物にそっくりでなければならない。
ルックスはもちろん、話し方や仕草まで全てだ。
また、ジョン・ガリアーノなど、ファッション業界の鬼才までもがアイコン視するリトル・イーディのファッションも、きちんと表現せねばならない。
そして、ドキュメンタリー映画の中にしっかりと記録されている、母娘の哲学的で詩的な決め台詞の数々を盛り込む事も忘れてはいけない。
その上さらに、二人のことを知らない人間が見ても楽しめるドラマに仕上げなくてはならないのだから、難しいのだ。
ところが、HBOの『グレイ・ガーデンズ』はこのハードルを難なくクリアした。
18歳〜50代半ばのリトル・イーディを演じたドリュー・バリモアと、40〜80代のビッグ・イーディを演じたジェシカ・ラングは、姿だけでなく、仕草や話し方までコアなグレイ・ガーデンズファンも唸らせるほどそっくりだ。
特に、70代のビッグ・イーディを演じるラングが、髪をとかしながらベッドの上で歌うシーンは、原作ドキュメンタリー映画を繰り返し見ているわたしでさえ、一瞬原作のほうを見ている錯覚に陥った、まさに名人芸。
なるほど、二人がエミー賞のミニシリーズ/テレビドラマ部門の主演女優賞にそろってノミネートされたのも納得だ。
そしてその二人がキャラクターになりきるのを助けるのがメイクと衣装。
どちらもエミー賞にノミネートされているが、特にキャサリン・マリー・トーマスによる衣装が素晴らしいのだ。
PHOTO Copyright :(C)2009 Home Box Office, Inc. All Rights Riserved
1930年代から50年代始めの若いリトル・イーディの衣装はうっとりするほど美しく、1940年撮影のイーディ本人の写真を元に作られた、フードがついたジップアップのクリーム色シルクドレスは、今着てもおかしくない斬新さだ。
また、リトル・イーディとは切っても切れないゴールドのブローチは映画を通して登場し、ファンを喜ばせる。
そして圧巻は、70年代の衣装。
ドキュメンタリーでおなじみの”コスチューム”が続々と登場するのだが、その全てがオリジナルの完全コピーではないところが抜群にうまい。
黒地に黄色の花柄模様の水着に、タイガーのアニマルプリントのトップを合わせてみせるなど、イーディのファッションセンスを深く理解し、実際のイーディが着ていたと言われても疑いをもたない衣装を作り出して見せている。
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そして肝心の物語。
映画は、1930年代から始まる時間軸と、1973年のドキュメンタリー映画撮影開始時から始まる時間軸を交互に見せながら、二人の生活を描いていく。
大恐慌がアメリカ経済に与えた打撃と、それを乗り越えたかに見える大金持ちが、ゆるやかにかつての栄光を失って行く様子のビフォー/アフターをパラレルに見せるのだ。
感心するのは、ドキュメンタリーに記録されているイーディ達の実際の言葉が映画のあちこちにふんだんに散りばめられていること。
耳に馴染みのある言い回しが、あまりにも次から次へと惜しげも無く使われるので、こんなに決め台詞をいくつも使っていたら、ストーリーを描く隙間などないんじゃないかと心配になったほどだ。
しかし、それは取り越し苦労だった。
ストーリーを考え、監督も務めたマイケル・スーシーにとっては、これが最初の長編映画。
だが、2003年に原作ドキュメンタリーを見て以来、バックストーリーを盛り込んだ映画を作る構想を練り続けたスーシーは、膨大な資料に当たり、メイズルス兄弟がドキュメンタリー映画では敢えて明らかにしなかった事実を脚本の中に織り交ぜ、ドキュメンタリー映画や母娘の没落を知るものの好奇心をしっかり満たしつつ、一方で何の予備知識もない観客も母娘の半生ドラマを楽しめるよう、共同執筆者のパトリシア・ロゼマとともに脚本を書き上げた。
監督としても、脚本家としても活躍するロゼマは、ドキュメンタリー映画を撮影したメイズルス兄弟をこの映画のキャラクターとして登場させるという素晴らしいアイデアを思いついた功労者だ。
また、2つの時間軸を平行させてドラマを描くことに落ち着いたのも、彼女が映画の制作チームに参加した後だと言う。
映画の完成度が高まったのは、彼女の力に寄るところが大きいのは疑いようが無く、素晴らしいアイデアをきっちりまとめたスーシーとロゼマがそろってエミー賞にノミネートされているのを見ると嬉しくなる。
しかし、わたしにとって何よりも素晴らしいのは、二人のイーディが頭のおかしい人間、クレイジーな人間として描かれていない、ということだ。
ここ数年、誰彼無しにドキュメンタリー映画の『グレイ・ガーデンズ』を薦めまくっているわたしは、映画を見た人たちが、どうやらイーディ母娘が狂っていると思うらしい、と知った時に大きなショックを受けた。
わたしには、この二人が狂気の世界にいるとは思えず、社会の白い目をものともせずに自分の生き方を貫く勇気ある(でもちょっと変わった)人間としか映っていなかったのだ。
それ故に、ドキュメンタリー映画がゲイ社会でカルト的な人気を誇るのもうなずけたし、他人と違う格好をしたり、違う行動をとって白い目で見られた経験がある者は、イーディ母娘に何らかの親近感を抱くだろうと思ったのだ。
しかし、メイズルス兄弟の映画には一切説明が加えられていないため、初めて見る者は、「あんな生活ができるなんて、おかしくなっていなければ無理だ」とすぐさま考えるのが普通らしい。
少なくとも最初のうちは。
実のところ、イーディ達を説明するために、ディケンズの『大いなる遺産』に登場するミス・ハビシャムや、映画『何がジェーンに起こったか?』のブランチとジェーン姉妹を引き合いに出す批評家は少なくない。
しかし、わたしはむしろ、二人を見ると、オスカー・ワイルドの『幸福な王子』のラストを思い出すのだ。
宝石は無くなり、金ぱくも全てはがされ、丸裸になって周りからは見向きもされなくなった鉛の王子と、異国の話で王子を楽しませ続け、王子のそばを離れず、暖かい南の国へわたるチャンスを逃して王子の足下で息絶えることを選んだツバメ。
ドキュメンタリー映画と『幸福な王子』をリンクさせるためには、ひょっとしたら映画を何度も見る必要があるのかもしれない。
というのは、HBOの映画で、ビッグ・イーディがリトル・イーディに言うこんな台詞がある。
“I don’t think you see yourself the way others see you. You’re…you’re an acquired taste, babe.”
「お前は、他の人間がお前のことを見る目では自分のことを見ていない。お前の味がわかるようになるには時間がかかるんだよ。」
たぶん、彼女達の本当の味がわかるようになるには時間がかかり、メイズルス兄弟のドキュメンタリー映画の味も1度見ただけではわからないのかもしれない。
しかし、9月20日のエミー賞の発表を待つHBOの映画の味は、一度見れば誰にでもすぐにわかると思う。
*この文章は、NY Niche 2009年9月掲載の記事を加筆改訂したものです。


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