まだニューヨークに住んでいた頃、友人に勧められて見始めたアメリカのテレビドラマがある。日本では2008年の4月から7月まで、NHKのBSで放送されたグレン・クローズ(Glenn Close)主演の『ダメージ』(Damages)だ。
わたしが見始めたときは既にテレビでの放映が終わっていたので、お友達が持っていたアワードPR用のスクリーナー("For Your Consideration" と書いてあるDVD)を借りて最初の数話を見た。
「な、なんじゃこりゃ! チョー面白いやんけー!」
舞台はニューヨーク。
叩き上げの大富豪、フロビシャー(テッド・ダンソンTed Danson)が経営する会社の破綻をめぐり、集団訴訟が起こされる。
集団訴訟を率いるのは、勝つためには手段を選ばないとてつもなく傲慢な策略家の弁護士、パティ・ヒューズ(グレン・クローズ)。
ドラマはいきなり結末から始まる。
パティの元で働く新人弁護士エレン(ローズ・バーンRose Byrne)が、マンハッタンの高級アパートから血まみれの姿でふらふらと路上に現れるのだ。
警察に保護された彼女の自宅からは婚約者の惨殺死体が見つかり、エレンは取り調べを受け、そしてドラマの日付は6ヶ月前に戻る。
そうなのだ。物語はまっすぐの時間軸で単純に語られないのである。
過去に飛んだり現在に戻ったり複雑に前後しながら、ピンと張りつめた緊張感とサスペンスを保ったまま、しょっぱなに見せられた結末に向かって一つの絵をじわじわと描いて行く。
実は80年代の終わりか90年代の始めに、友人宅でVHSに録画した日本のテレビドラマをワンクール分一挙に見たことがある。
すでにタイトルも出演者もすっかり忘れてしまったこのドラマは、時間軸は行ったり来たりしないものの、やはりいきなり第一話で結末を見せ、その結末に向かってドラマが一直線に進んで行くという構成だった。
しかし、どうやら脚本家は途中で記憶喪失になったようで、ドラマの結末は見事に第一話と内容も舞台設定も変わってしまい、最初に見せられたエピソードがまるで同じキャストで撮った別のドラマのモンタージュのようになってしまっていた。
当時、「視聴者が第一話を覚えていないと思っているんだろうか」と腹立たしく思ったことを覚えている。
『ダメージ』のパイロット(注1)を見てそんなことを思い出したが、しかし『ダメージ』は低い方に流されて姑息な手段で視聴者を裏切るなんてご都合主義なことはしない。
複雑な構成で観る者を翻弄し続け、予告した殺人事件に向かってぐいぐいとストーリを展開して行き、観る者はあっと言う間にドラマの中毒になってしまうのである。
エピソードを重ねるごとに、キャラクターがどんな人間なのかがほんの少しずつ視聴者に明かされ、キャラクターの人物像はどんどんと深くなり、深みが増したキャラクターがさらにリアルにストーリーを運ぶ。
いやはや、このキャラクターの描き方はまさに連続テレビドラマを見る醍醐味と言える。
そして少しずつ肉付けされたキャラクターの血管にドクドクと熱い血をみなぎらせるのは脚本に負けず劣らず素晴らしい役者陣だ。
圧倒的な存在感で画面を制するグレン・クローズに、アーサー・フロビシャーという男に人間味と個性を加味してリアルに描き出すテッド・ダンソン。視聴者の目線で物語を運ぶ新人弁護士エレンを演じるローズ・バーン(Rose Byrne)もフレッシュだ。
事件のカギとなる情報を握るケイテイは、英国の女優(と言っても、アイルランド人の母とアメリカ人の父を持ち、パリに生まれて英国で学んだ女優なのだが)、アナスタシア・グリフィス(Anastasia Griffith)がキラリと光る存在感で見せる。
しかし、何よりもわたしのお気に入りはフロビシャーの弁護士、レイ・フィスクを演じるジェリコ・イヴァネク(Zeljko Ivanek)。
この役で2008年のエミー賞を受賞したイヴァネクはブロードウェイの舞台でも常連で、わたしは2005年にマーティン・マクドナー(Martin McDonagh)の『ピローマン』(The Pillowman)を見て以来のファン。我が家では勝手に「ジェリコ」とファーストネームで呼び捨てにされるくらい愛されている俳優だ。
話はそれるが、彼は2006年にブロードウェイでハーマン・ウォーク(Herman Wouk)の『ケイン号の反乱』(The Caine Mutiny Court Martial)でクイーグ艦長を演じ(注2)、トニー賞にノミネートされている。
この芝居を観た後、劇場から出てくるジェリコに声をかけてほんの少し立ち話をしたことがあるのだが、舞台やテレビ、映画で演じる役とは打って変わって、実物の彼は穏やかで暖かみのある気さくな好人物だった。
しかし、『ダメージ』に登場するジェリコは、そのにじみでる暗さとねっとり感で特に目が離せない存在だ。
残念ながら、友人から借りたPR用DVDは4話くらいしか入っておらず、それをノンストップで一気に見てしまったわたしは続きが見たくても見られず、まるでおあずけを喰らった犬のようにテレビに向かってうなっていたのである。
時計を見ると既に丑三つ時。近くのBest Buyもとっくに閉まっている。
なんてことだ。ガルルルルー。
その夜は「この続きはどうなるんだろう」とワクワクしつつ、明日は必ずシーズンワン全話が収められたDVDを買ってやると心に決めて眠りについた。
そして次の日の夜。
急に知人に誘われて、ある授賞式(注3)に出席することになった。
その授賞式ではあるビッグスターを生で見られるというので半ば無理矢理連れて行ってもらったのだが、会場にはなんとグレン・クローズ様もいらっしゃったのである。
「おおっ! パティがいる!」
授賞式が終わり、他の俳優や名士達との語らいも終わって会場を後にしようとするクローズ様にそっと近づいたわたしと相棒は、おずおずと握手を求めた。
近くで見るとスッピンだとわかるクローズ様は、スクリーンや映画で見るよりも小柄で、飾り気の無いくだけた服装なのに輝くように美しい。
これがスターのオーラと言うものか。
握手をしながら、わたしと相棒は昨夜『ダメージ』のDVDを見て圧倒されたと話かけた。
その言葉にクローズ様は"Hmmm"と言いながら片眉を上げて意味深に微笑んでみせたが、『ガープの世界』(The World According to Garp)を見て以来ずっとファンなのだと続けると、今度は両の眉を上げて「おやまあ!」と言わんばかりに驚いていた。
そう言えば、『ガープの世界』は彼女の映画デビュー作だった。
クローズ様の手のぬくもりも冷めないうちに、わたしと相棒はタイムズスクエアのヴァージンメガストアに立ち寄り、『ダメージ』のシーズン1DVDボックスをお買い上げし、その夜もノンストップで、そう、朝までDVDを見続けたのである。

その『ダメージ』のシーズン2の放映がもうすぐ日本でもNHKのBSで始まる。
ちょうど今はシーズン1の一挙放送中でもあるらしく、Lala TVでも10月から放映が始まるらしい。
どうだ? 見てみるか?
* NHKの『ダメージ』公式サイトはこちら
* Lala TVの「さきどり情報」ページはこちら
注1:パイロットは、かなり大まかに言うと試験的に作られたテレビドラマのこと。こいつを放映してみて反応が良くなければドラマシリーズの企画自体が無くなることもあり、視聴者の反応を見て調整して実際のドラマが作られるので、パイロット版とその次に続く話の設定が多少変わっていることもある。
ちなみにわたしが友人から借りたDVDでは『ダメージ』の第一話(パイロット)の冒頭で流れる音楽は1984年のジョン・カーペンター(John Carpenter)監督のSF映画『スターマン』(Starman)から拝借した音楽だったのが、買ったDVDでは全く違う音楽に変わっていた。
注2:『ケイン号の反乱』はウォークのピュリッツァー賞受賞作だ。ハンフリー・ボガート(Humphrey Bogart)主演で1954年に映画化されていて、映画もおすすめ。
注3:この「ある授賞式」についてはいつかエントリーしたいと思っている。
(追記「ある授賞式」についてはNY Nicheのこちらに書いたので、興味のある方はどうぞ。)
見始めたらやめられない、サスペンスドラマのかっぱえびせんグレン・クローズの威圧感たっぷり敏腕弁護士にやられるか、うっすらダメンズ臭ただようテッド・ダンソンの成り上がり金もち男にグッとくるか、それとも、陰気で糸を引きそうにねっちりした納豆弁護士を演じるジェリコに心奪われるか?
ダメージ シーズン1 DVD BOX
ハンフリー・ボガート主演の軍事法廷もの1951年に『アフリカの女王』(The African Queen)でアカデミー賞主演男優賞を受賞したボギーだが、この映画でもノミネートされた
ケイン号の叛乱 [DVD]
ジョン・アーヴィング(John Irving)が一躍注目を浴びることになった長編小説を元に作られた、ジョージ・ロイ・ヒル(George Roy Hill)監督、ロビン・ウィリアムズ(Robin Williams)主演の映画グレン・クローズはウィリアムズ演じるガープの母親役で映画デビュー
ガープの世界 [DVD]
はじめまして。San Diegoのyouandtです。
返信削除折しも、7月末までの日本帰国で実家にセットした
ロケーションフリーで録画したダメージの一挙放送
の第1話を見ようとしていたところなので、なんと
タイムリー♪日本滞在中にBSのデーブスペクターの
ちょっぴりわざとらしいながらも憎めない絶賛CMを
見て録画したのですが半信半疑・・・(ははは)
アキームさんの太鼓判を見て、早速これから見て
みますねっ☆寝不足にならぬよう注意せねば・・・
youandtさん、こんにちは!
返信削除本当は「はじめまして!」なんですが、エリぞうのブログを通して時々ブログを拝見していたので(もちろんお箸と白いご飯を手に持って)、なんだか「はじめまして」な気がしないから不思議です。
『ダメージ』いかがでしたか?
もしも寝不足で目が真っ赤になっていれば、わたしの太鼓判もまだまだ捨てたもんじゃないってことですね! むふっ。楽しみ。