8/11/2009

人間ドラマよりお犬様第一『HACHI 約束の犬』

東京の渋谷駅に銅像がある「忠犬ハチ公」と言えば、主人亡き後も10年近く毎夕駅で主の帰りを待ち続け、死んでしまった秋田犬ハチのこと。

多分、日本では一番有名な犬なのではないだろうか。

そのハチの物語は、1987年に仲代達矢と八千草薫主演、新藤兼人原作・脚本、神山征二郎監督で、タイトルもズバリ『ハチ公物語』として映画化され、日本国内で大ヒットした。

また、2006年にはテレビドラマにもなったらしい。

わたしはテレビドラマのほうは見ていないのだが、映画は大昔に1度見た覚えがあり、八千草薫があの包み込むような暖かさで「もう待たなくていいのよ」とハチに話しかけるシーンは未だに記憶に残っている。

あれから12年。
今年の8月8日のそろばんの日、じゃなかった、「ハチ」の日に日本で公開されたのはリチャード・ギア(Richard Gere)主演、ラッセ・ハルストレム(Lasse Hallström)監督の『HACHI 約束の犬』(米仮題Hachiko: A Dog Story)。

そう、『ハチ公物語』のハリウッド版リメイクだ。

しかし、残念ながらこいつは少々お粗末な出来のリメイクだと言わざるを得ない。

先月、リチャード・ギアが映画のプロモーションのために来日した際、記者会見でこんなことを言っていた。

「この映画で僕たちが撮影したのはほとんど全てが犬なんです。」

「最初からこれは明確だったんですが、この映画は僕の映画ではなく、犬の映画なんです。」

「この映画で僕は明らかに第二級ですからね。」

「12時間ずっと犬の撮影をし続けて、もうすぐ暗くなる、あと10分くらいしかないって時にようやく僕のシーンの撮影が始まるんですよ。」


映画を観た後に彼のこの言葉を思い出し、「あれはこの映画の出来についても言い表していたのだなあ」なんてついつい深読みしてしまった。

だってギアの言う通りなのだ。
彼の演技が第二級とは全く思わないが(あの、犬に飛びつかれて見せる嬉しそうな表情は演技ではなく本物だろうが)、彼が語ったエピソードに潜む徳川綱吉風とも言えるお犬様第一主義は、出来上がった映画にくっきり現れている。

そう、人間のドラマとキャラクター造型がかなりないがしろにされているのだ。

それを説明するにはストーリーの細かいところにまで触れねばならないが、まあハチ公物語の結末に今さらネタバレなんて無いだろうからこのまま突っ走ってしまおう。

映画の舞台は1920年代の東京渋谷から現代の合衆国ロードアイランド州の架空の街、ベッドリッジ(注1)に移る。

駅で迷子の子犬を拾った大学音楽教授のパーカー(ギア)は、駅員(ジェイソン・アレクサンダーJason Alexander)に「落とし物」を届け出る。

しかし、さすが『プリティ・ウーマン』(Pretty Woman)でギアがかこったビビアン(つまりジュリア・ロバーツJulia Roberts)を襲った嫌な弁護士を演っただけのことはあり、アレクサンダー演じる駅員は「はい、そうですか」とあっさり犬を引き取ったりしない。パーカーになんだかんだ言って子犬を家に連れて帰らせるのだ。

ところが、パーカーの妻ケイト(ジョーン・アレンJoan Allen)は子犬を家の中に入れることに反対する。
しかも、観る者もとまどうくらい頑に、だ。

果たして、子犬はロードアイランド州の寒空の中、庭に建てられた隙間だらけの掘建て小屋で寝るハメになる。(動物愛護協会のロードアイランド支部が知ったらパーカーに抗議すると思われる。)

観る者としては、ケイトの不可解な冷酷さはワケありに違いない、後できっとそいつについて語られるのだろうと予測するのだが、待てど暮らせどそのワケが明かされることは無い。ケイトの犬に対する愛情の乏しさは、映画が終わっても謎に包まれたままなのだ。

そう、人物の描き方の甘さが一番如実に現れているのはこのケイト。
アレンは画面からキャラクターの内面をにじみださせるのがとても上手い女優だが、さすがのアレンも今回ばかりは見せ場がない。というのは、そもそもにじみ出させるモノが存在しないのだ。

実は、パーカー夫婦には映画を通して登場する娘アンディの他に息子が一人いる。しかし、この息子についての説明はほとんどなく、彼が居ない理由が全く明らかにならないので、逆にじゃあなぜ彼がこの映画にわざわざ登場するのか、その理由もミステリーだ。

深読みモードに入っているわたしは、そもそもアレンがケイト役を引き受けたということは、ケイトはもっと深みのある役だったんじゃなかろうか、ケイトがあそこまで犬を飼うのに反対する理由は息子と関係しているのだろう、きっとそれについて語られる場面があったのに、ごっそりとカットされたのではなかろうか、と勝手に想像しているのだが、この謎は闇に葬られたままだ。

そして謎は娘のアンディにもある。
パーカーの死後、娘夫婦がハチを引き取る。しかしハチはそこを逃げ出してお約束通りベッドリッジ駅でパーカーを待つのだ。
駅で保護されたハチは家に連れて帰られ、そしてアンディがハチに対してある行動をとる。

しかし、その行動の動機となるアンディの心の内がしっかり描かれないせいで、わたしは「マジですか? それでいいわけ?」とあっけにとられてしまった。

まさにギアの言う通り、この映画できちんと描かれているのは犬のみ。
人間は二の次で、細かい部分は二の次三の次なのだ。

例えば、冒頭でハチは日本のある寺院からアメリカに送られるのだが、その送り主である寺院の坊主は、子犬のハチをスズムシ用にしか見えない竹のカゴ(たぶん)に入れ、ぺらぺらの紙切れ1枚の荷札をくっつけて送り出す。

なるほど、寺の坊主らしくお経を唱えて「無事に犬が宛先に届きますように」と祈ってはいるが(たぶん)、まず先にインボイスを書いてからにしていただきたい。

いや、だいたいきちんとした書類が無ければ動物を海外に送れるはずも無いのだが、脚本家はもちろんそんなことにはおかまい無しだ。

また、パーカーの友人を演じるケリー・ヒロユキ・タガワ(Cary-Hiroyuki Tagawa)が日本語で話すシーンにもがっくりきた。

というのは、その声が誰の耳にも明らかな、さっきまでとは全く別人の声で吹き替えられているからなのだ。アメリカに住む日系人ならば、日本語が多少たどたどしくたって不自然でもなんでもないのに、なぜ彼のたどたどしい日本語が駄目で、突然別人の声になるのは良いのか不思議でならない。

その上、パーカーが死んでから後の約10年の移ろいが、非常に貧弱な、全く特殊でも何でもない特殊効果で描かれる。

ハチはさすがに主役らしく、「老け」担当犬がメイクをしてもらって演じているが、周りの人間には老けメイクらしいメイクは施されず、まるで街の住人は全てボトックスを義務づけられているかのように年月を感じさせない顔をしている。

違いと言えば、ケイトの髪が短くなったことだけか?
しかも、このケイト、最愛の亡き夫の墓に参るにはハチが待つ駅を通らねばならないにもかかわらず、どうもハチが亡き夫を待ち続けていたことを知らなかったのだ。それが10年間墓参りをしなかったからなのか、いつもハチが居ないときに駅を通っていたのかわからないが、娘夫婦を含め、誰も彼女に教えてやらなかったことだけは確かだ。

しかし、こんな風に納得いかない部分は多々あるものの、この映画では主人(=パーカー)と従僕(=ハチ)という構図にならず、犬と人間がパートナーといった風情で描かれているのが見ていてとても心地よい。

また、犬好きならば、スクリーンに登場する「役者」が変わるとすぐにわかるはずだが、ハチを演じる秋田犬は三匹とも素晴らしい演技をする。特に、年をとって傷ついたハチを演じるワンコの表情は、悟りを開いたかのように落ち着いた重々しさを見せてスクリーンから目が離せない。

俳優界の掟(?)に「決して子どもと動物とは一緒に演技するべからず」というものがあるそうだが、その掟は決して犯すべからずのものであることがここで証明されている。

実は、時々挿入されるモノクロっぽい「犬の視線」映像にも正直言うとうんざりさせられたのだが(しかし、最初に登場する視線映像はカラーだったりするので、それだけはスズムシの視線なのかもしれないのだが)、それがラスト近くに登場するハチの夢を描くための準備だったことにハタと気づいた。

その夢の映像を見せられたとたん、わたしの両の目からは涙があふれ出て、今まで頭の中にもやもやと渦を巻いていたこの映画のたくさんの欠点が霞んでしまった。

と同時に、こんなに欠点だらけの映画を見て泣いていること、作り手の狙い通りおめおめと泣かされた自分がなんともおかしくてたまらなくなり、口からは笑い声が漏れて止まらなくなってしまった。

「ちきしょう。
こいつの出来がもっと良ければ周囲に座っている者が迷惑がるくらい思いっきりオイオイと泣いてやったのに、映画としての出来が悪いだけに泣いている自分を笑うしかないじゃないか。がはははは! ぐすん、ぐすん。」

しかし、泣き笑いしながらも、ハチ公の物語が持つ力はそれほどまでに強いのだなあと思ったわたしである。

注1:撮影はロードアイランド州のWoonsocket駅で行われた。撮影時の様子はこちらで見られる。


*「HACHI 約束の犬」オフィシャルサイトはこちら


[Data]
Directed by Lasse Hallström

Produced by Richard Gere, Bill Johnson, Vicki Shigekuni Wong
Written by Stephen P. Lindsey (screenplay), Kaneto Shindô (motion picture "Hachiko monogatari")
Starring Richard Gere, Joan Allen, Sarah Roemer, Cary-Hiroyuki Tagawa, Jason Alexander, Erick Avari, Davenia McFadden
Music by Jan A.P. Kaczmarek
Cinematography Ron Fortunato
Editing by Kristina Boden
Distributed by
Shochiku Company(Japan), Consolidated Pictures Group(US)
Release date(s) August 8, 2009 (Japan),
December 18, 2009 (US)


元になった日本映画
ハチ公物語 [DVD]

6 comments:

  1. あの、おせっかいで申し訳ありません。
    だけど、HACHI のウィルソン夫妻に息子はいなかったと思いますが。
    ルークというのは以前飼ってた犬の名です。
    それが死んでしまった or 逃げ出してしまった、という設定です。

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  2. 匿名希望さん、こんにちは!
    おおっ! そうなんですか。わたしも一緒に見た者もなぜかルークというのは息子だとばかり思っていました。
    ご指摘ありがとうございます。

    ルークのことを話すシーンでスクリーンにちらりと写る写真立てが若い男の写真に見えたのでそう思い込んだのですが、あれはひょっとしてパーカーの写真で、ワンコのルークも一緒に写っていたのでしょうか? ちっ。もっぺん見なくちゃいけませんね。(で、また泣かされるのか?)

    にしても、やはりケイトは犬に冷たすぎ!

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  3. はじめまして!
    老いたハチの演技すごいですよね。
    この前テレビでトレーナーがでてきていて
    寂しげな顔をさせる小道具として、棒を目の前に差出し、
    それを下にもっていくと、うつむくように見える、、っていうのをやっていました。
    そういう細かな指導でああいう映像になるんだ、、と感心しきりです。
    あと犬には一切特殊メイクも、映像のいじくりもしてないといっていましたよ!

    私は動物を飼ってるので、もう重ね合わせてみてしまい、号泣して劇場でえらい目にあいました(>_<)
    リチャードギアは本当に犬好きなんですね。
    それをみてるだけでほのぼのしてしまいました。

    日本版のハチ公物語は、最後、もうハチがいじめられてるようであの仕打ちに涙したものです。
    特に石野真子の役、あれひどすぎ!!
    責任感なく、周りもそれを許してしまう、それであんたいいわけ?ってはらわた煮え返りまくりでした。
    なので、ハリウッドハチの周りの暖かさにほっとしました。

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  4. 匿名希望 No.2さん、こんにちは〜!
    次回はよろしければテケトーなハンドルネームをご記入くださいませ〜。

    いやしかし、老いたハチはアカデミー賞にノミネートしたくなります。あの表情が棒のせいだと聞いても「きっとその棒について哲学的なことを考えていたにちげーねー」と思ってしまいます。
    メイクは多分老いたハチにちょいと「汚し」を施しただけだろうと思ったのですが、どうなのかな? いずれにせよ、ワンコへの特殊効果無しが嬉しいです。もしもハチの口がぐにょぐにょ動いて人間語を話し出したら、きっと映画館から逃げたかも。

    そういえば日本の「ハチ公物語」の娘役は石野真子でした! 一緒に出演していた山城新伍さんの訃報を聞いて驚いているところです。合掌。

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  5. 突然おじゃまします。
    HACHIについて検索で見つけて観客側からのご指摘を貴重なものと拝読しました。
    よろしければTBをお認めくださいませ。
    ご意向によっては削除させて頂きますのでその節はコメントください増すようお願いいたします。

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  6. yutakamiさん、はじめまして。
    yutakamiさんのblog、拝見しました。TBありがとうございます。

    せっかくTBいただいたのにお恥ずかしいのですが、上の『HACHI 約束の犬』についての文章には、どうやら一部わたしの思い違い、あるいは見落としがあるようです。
    残念ながら、問題のシーンをまだ確認できていないのですが、確認でき次第レポートしたいなと思っています!

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