わたしの担当は、オタク(またの名を、「グレイ・ガーデンズ研究家」と言う)にふさわしく、グレイ・ガーデンズにまつわる人々についての解説だ。
ミュージカルに登場するキャラクターはほとんどが実在の人物なので、彼らが実際はどんな人物だったのかをざっと解説してみたのである。
でも、メインキャラであるイーディス・ブーヴィエ・ビール母娘についてはたっぷり2ページあるものの(それでもオタクにとっては少なかったのだが)、脇を固める他のキャラクターについては紙面の関係でほんの少ししか書けなかった。
ということで、書ききれなかったお話をここでぼちぼちご披露していこう。
まずは第一弾、大理石の牧神くんことジェリーの巻。
ミュージカルの二幕目で登場する少年ジェリーは、リトル・イーディから「大理石の牧神」と呼ばれていた。「緋文字」(The Scarlet Letter)で有名なナサニエル・ホーソーン(Nathaniel Hawthorne)の小説、「大理石の牧神」(The Marble Faun)にちなんでつけられたニックネームだ。
リトル・イーディがどうして彼のことをそう呼ぶのかははっきりとわからないが、ホーソーンの小説本のこの表紙(左)と、ドキュメンタリー映画に登場するジェリー(右下)とを見比べてみると、そのニックネームにもなるほどと納得する。
カーリーヘアと端正な顔立ちが、なんだか良く似ているのだ。
その大理石の牧神くん、約90分のドキュメンタリー映画の中では母娘に続いて登場シーンが多い。
その登場シーンの多さと、文字通りご近所の鼻つまみ者だった母娘に親切に接する姿から、彼が母娘の唯一の理解者で、ずっと母娘の友人だったと思い込む人も多い。
しかし、事実はちょいと違う。

彼が心優しい少年で、母娘に親切だったことは間違いがないのだが、母娘との交友期間は案外短く、ほんの数ヶ月。その数ヶ月の間に映画の撮影が始まって終わったのだ。
そして、ジェリーの存在が、母娘間の力関係の均衡を乱す様子をとらえたフィルムが、映画にはたくさん使用され、映画を見たものにちょっとした思い込みの材料を提供したというわけである。(注1)
ちなみに、母娘の長年の友人は、ドキュメンタリー映画には登場しているがミュージカルには登場しなかった、アーティストのロイス・ライトとDr. ジャック・ヘルムスのほう。この二人は母娘の数十年来の友人で、ロイスはグレイ・ガーデンズで母娘と一緒に暮らしていた時期もある。(注2)その他、70年代に母娘と親しくなったドリス・フランシスコも二人の良い友達だ。
さておき、現在もニューヨークに住むジェリーは、ブロードウェイでのミュージカルの上演以来、あちこちでグレイ・ガーデンズでの思い出と母娘との交流を語っているのだが、その中にこんなものがある。
—グレイ・ガーデンズのリビングルームでふた夏暮らした。
—1975年に映画がリンカーン・センターでプレミア上映された時、自分も招待されたけど、ミセス・ビールを屋敷に一人で置いておくわけにはいかなかったので自分は参加しなかった。
—ミセス・ビールはグレイ・ガーデンズで亡くなり、その時には自分以外の誰もそばについていなかった。
—ミセス・ビールが亡くなった後、リトル・イーディがグリニッチ・ヴィレッジのキャバレーでショウをするのを手伝った。
ところが、彼が語るこれらのことは残念ながら事実ではない。
ジェリーはグレイ・ガーデンズで暮らさなかったし、映画のプレミアの際に屋敷でビッグ・イーディと一緒に留守番をしていたのは、ジェリーではなくロイスとブルックスだ。ビッグ・イーディはグレイ・ガーデンズで亡くなったのではなく、リトル・イーディとブルックスに見守られて病院で亡くなっている。また、リトル・イーディのキャバレーでのショウを手伝ったのもジェリーではない。
彼があちこちで披露する話には、誇張や嘘がちらほらと混ざり、まるで彼だけが母娘の長年の友人で、唯一の友人のような話をあちこちでするせいで、ジェリーはビール母娘の友人達や一部のファンから怒りを買ってしまった。
そんなジェリーの話による彼の半生はこんな具合だ。
高校を卒業してすぐの夏、親との関係が良くなかったジェリーは、ブルックリンの家を飛び出して、イーストハンプトンのグレイ・ガーデンズの近くにある屋敷で住み込みで働きはじめた。
親と不仲だった原因の一つは、彼がゲイだったせいもあった。
ある日ジェリーは、グレイ・ガーデンズの敷地内に放置された古い車に興味を持った。車の窓が開けっ放しで、キーはぶら下がったまま。近くの木の枝が車の中を通って窓から窓へと伸びている。(注3)
そこにリトル・イーディがやってきて、彼に向かって「あらまあ、大理石の牧神だわ」と話しかけたのが出会いだった。
映画の公開後しばらくしてイーストハンプトンを離れたジェリーは、サウジアラビアの王族の元で働いたり、著名な人形師の元で働き、世界中を旅した後でマンハッタンに戻り、ボーイフレンドと一緒に美術品専門の運送会社を経営した。
しかし、80年代にボーイフレンドを亡くし、以降はクイーンズに移り住み、イエロー・キャブの運転手として働き、自伝を執筆したり、時々彫刻をやっている。
この話のどこからどこまでが真実で、どこが思い違いや誇張によるものなのかはわからないが、ジェリーが現在もグレイ・ガーデンズ関連のイベントに時々顔を見せ、ファンを喜ばせていることは確かだ。
何を隠そうわたしもその一人で、わたしが彼に会ったのは2008年の3月のこと。
オリジナル映画を監督したアルバート・メイズルスが、ミュージカルのメイキング・ドキュメンタリーを作り、そのマンハッタン・プレミアが行なわれた会場でのことだ。
ミュージカルのキャスト達やクリエイターもいたそのプレミア会場で、一番の人気者はたぶんジェリーだったのではないだろうか?
彼はこの日、たくさんの人に握手を求められ、たくさんのカメラに収まっていた。もちろん、わたしも記念撮影をパチリ。どうだろう?
昔の面影があるだろうか?
ちなみに、現在宮本亜門版のミュージカルでジェリーを演じている川久保拓司くんにこの写真を見せたところ、のけぞりながら「えーっ!」と悲鳴をあげていた。
そりゃドキュメンタリー映画が撮影されてから、既に36年が経っているのだ。
赤子もオッサンになる。
少年はもっとオッサンになっていて当然でしょう!
注1:ちなみに、HBO Filmsの映画『グレイ・ガーデンズ 追憶の館』ではジェリーはほんの一瞬ちらりと登場するだけだ。ジャッキー・オナシスの登場の後、屋敷の改修工事シーンで、ベッドのヘッドボードをかついで階段を上っていくもじゃもじゃ頭の少年が一瞬映る。それがジェリーくんだ。
注2:ロイス・ライトがグレイ・ガーデンズで暮らしたのは1975年5月から1976年6月までの13ヶ月間。この期間のロイスの日記が本になって出版されている。本のタイトルは、"My Life at Grey Gardens: 13 Months and Beyond"
注3:この車が屋敷から撤去されたのは1972年のことなので、高校卒業してすぐの夏にイーストハンプトンでの仕事につき、ビール母娘に知り合ったというジェリー自身の話と食い違う。
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