わたしの通訳はヘッポコだ。しかも、そいつが判明してから時間が経つにもかかわらず、ヘッポコ度は一向に改善していない。
あいかわらずミミズ用の通訳をすました顔してやっている。
しかし、すました顔の下には実は冷や汗をしたたらせた顔が隠れている。
そして、ヒッチコック(Alfred Hitchcock)が英国時代に撮った映画『三十九夜』("The 39 Steps")に登場するある人物をうらやましげに思い出しているのだ。
『三十九夜』は、無実の男が偶然大きな事件に巻き込まれるという、ヒッチコックお得意の巻き込まれ型スリラーだ。
原作はジョン・バカン(John Buchan)の冒険小説で、テレビを含めると現在までに確か4度ほど映画化され、現在新しいのがさらに製作中とも聞く。
しかし、もちろん一番有名なのはヒッチコック版で、2007年にはこれを元にコミカルな芝居が作られ、ウエストエンドやブロードウェイで上演された。(そういや今年の頭には日本でも翻訳版が上演されていた。)
お話は、カナダ人のリチャード・ハネーがロンドンの演芸場で寄席を楽しんでいるところから始まる。
演し物は、超人的な記憶力を持ち、どんな質問にも答えられるというのが売りのミスター・メモリーの芸だ。
しかし、ミスター・メモリーの芸を楽しむのも束の間、演芸場で発砲騒ぎがあったために、ハネーはおびえる謎の美女アナベラ・スミスを自分のフラットに連れ帰るハメに陥る。
自分は国際的なスパイで、英国の軍事機密が悪者の手に渡る危機に直面していることをつきとめたと言うアナベラは、明日は手がかりを追ってスコットランドに行くつもりなので、一晩匿ってくれとハネーに頼む。
ところが、そのアナベラがフラットに忍び込んだ悪者に殺されてしまったため、ハネーはアナベラ殺しの容疑者として警察から追われ、アナベラを殺した悪者からも追われることになる。
身の潔白を証明するため、ハネーはアナベラが話していた小指の第一関節がない男と「39 Steps」という謎の手がかりを頼りにスコットランドに向かうのであった。
とまあこんな具合に話は始まる。
その後、主人公の冒険を追って物語はずんずん進み、ハネーが列車で出会った別嬪のパメラにぶちゅっとキスしたり、嫉妬深い農夫の若い嫁と良い感じになったり、小指の先っちょが無い男に出会ったり、追っ手から逃れるためにパレードにまぎれたり(注1)、たくさんののんびりした羊達に遭遇したり、ほのぼの夫婦が経営するインに宿泊するといった面白いシークエンスが次々に登場する。
しかし、ミミズの通訳をするわたしの頭の中では映画は冒頭の演芸場シーンから一向に進まず、ただひたすらミスター・メモリーの超人的な記憶力にうっとりして足踏みしたまま。
「歴史的な事件や地名、 人の名前に起こった事柄や地理的な数字まで、ありとあらゆる重要事項を頭の中にきちんと整理整頓してしまっておき、必要な時にささっと取り出す。
ああ、あれさえできればミミズ文字でメモをとる必要も無く、わたしの通訳も立派に人間様用になれるのに!」
そんなことを考えながら通訳をするわたしにとってはハネーの冒険なんかどうでも良く、警察に捕まろうが悪者に捕まろうが知ったこっちゃない。
頭の中ではミスター・メモリーが舞台に登場するときの出囃子が鳴り響き、脳みその演算能力をますます下げてはヘッポコ度をますます上げて、ミミズ用の通訳を続けるのであった。
注1)映画の中で、追っ手から逃れるために主人公がパレードにまぎれ込むシーンは、1993年のハリソン・フォード(Harrison Ford)の映画『逃亡者』("The Fugitive")でも 使われた名シーンだ。
『逃亡者』の主人公リチャード・キンブル、医師(と必ず言ってしまうTVの影響力)が紛れ込む聖パトリック・デイのパレードのシーンは、実は元々の脚本には無かったが、シカゴ出身の監督アンドリュー・デイヴィス (Andrew Davis)が、地元の聖パトリック・デイのパレードを映画の中に入れたいと、直前に許可をとって撮影されたものらしい。
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これ、この間の日本で上演されたのを観ました。
返信削除アキームさんの言うとおり、ハネーはもうどうでもよく(石丸幹二ファンの方すんません)。ひたすら二人のクラウンがあやゆる状況であらゆる役で出てきてやる色々のみ!が見所でした。今村ねずみさんと浅野和之さんお見事!
ついでにNich でぼろ糞(笑)だったパイレート・クィーンですが日本版はかな~り良かったです。(そもそものストーリーは変わらないのでどうしようも無いところはどうしようもないんですけど)
しかも作曲家のシェ-ンベルグが「俺が歌唱指導してやるぜ!」といらんことをしに来日したばかりに、それでなくとも少ない日本の稽古期間が下らんことに潰されて、賞味3週間で舞台上でセットを使って通せたのは僅か2日...
色々な政治的大人の事情でバーターで買わされた敗戦処理舞台ということで、キャスティングされた俳優人はかな~り年齢お高めでしたけれど。この人達が日本のミュージカル界で長年センターに立ち続けられている「理由」が解った舞台でもありました。あのストーリーを力技でねじ伏せてチャントした舞台として成立させていました。
演出も盆の使いかたでかなりスピーディで転換などもテンポよくて。
アイリッシュダンスの見せ場用に、本場アイルランドの人が4人来日してダンスシーンを牽引してたのですが、彼らがきっと何よりも驚いたのは1週間に12ステージもやる日本の興業形態だったとおもいます(案の定、ラストのほうは歩け無い様な状態になる人数人。新型インフルも吹き荒れてましたし)
@Minnieさん
返信削除日本での翻訳版の『39 Steps』はなかなかの出来でしたね。ブロードウェイで上演した際の最初の劇場が作品には少し大きすぎて残念でしたが、シアター・クリエはちょうど良かったと思います。
翻訳版の『パイレート・クイーン』も楽しんでご覧になれたようで良かったですね!
色々、小娘(という年ではありませんが)の駄文に大人な対応ありがとうございます。
返信削除PQはBW でも観たのですが。日本でやると聞いた時、自分の心臓の動きが怪しかった程でした(爆)