12/01/2010

べらぼうな "SPIDER-MAN: Turn Off the Dark" と地獄の門

11月の頭に「観劇三昧2週間の旅」の予定でNY入りした際、もしも予定どおりプレビューが始まったら見ようと思っていた作品が、新作ミュージカルの"Spider-Man: Turn Off the Dark"だ。

そう、U2のボノ(Bono)とジ・エッジ(The Edge)が曲を書き下ろし、ミュージカル「ライオンキング」("The Lion King")でトニー賞を受賞したジュリー・テイモア(Julie Taymor)が演出を手がける、あの超大作である。


いや、べらぼうに金のかかった超大作と言うべきか?

具体的なべらぼう度を数字で示すと、6500万ドル、となる。
1ドル84円で計算してもざっと54億円。

これが現時点でのこの作品の製作費である。

ブロードウェイの新作ミュージカルで「多額の予算をかけた」と言われるものの製作費がだいたい1000〜1500万ドル。つまり、6500万ドルもあれば「多額の予算をかけた」作品が「あらよ」っと4つ5つは作れる計算。

もちろん、1500万ドルを超える巨額を投じて作られた作品は過去にもあり、これまでのブロードウェイでの製作費最高額記録保持者(?)は2500万ドルの"Shreck the Musical"。ディズニーの成功に我も続けとばかりにブロードウェイに進出したドリームワークスが、大ヒット映画の「シュレック」("Shreck")を舞台化した(そしてディズニーに続くことができなかった)作品だ。

しかし、"Spider-Man: Turn Off the Dark"は"Shreck the Musical"の製作費最高額記録をただ単に塗り替えただけでなく、2.5倍以上の開きを見せた。

しかも、6500万ドルという数字が来年のオープンまでにさらに膨れ上がるのは必至。

だいたい、「スパイダーマン」は1週間公演を続けるだけで100万ドルのランニングコストがかかると言うのだから、この作品が底なし沼のように金をぐんぐん飲み込んでいく、べらぼうな化け物であることがよくわかる。(ちなみに、"Mary Poppins"や"West Side Story"などのミュージカルのランニングコストは、週に数十万ドル。)

その、超大作底なし金飲み沼が、度重なるスケジュール延期や資金繰りの悪化などのトラブルの連鎖に終止符を打ち、11月28日、プレビュー公演の初日をようやく迎えたのである。

Photographed by Annie Leibovitz

「ようやく」という言葉がこれほどぴったりなプレビュー公演の幕開けもないだろう。

元々、"Spider-Man: Turn Off the Dark"は今年の1月にプレビュー開始、2月にオープンの予定だった。

そして、元々報道されていた製作費は、"Shreck the Musical"と同じく2500万ドルだった。

ところが、技術的トラブルによりスケジュールに遅れが生じ、コストが膨れ上がり始める。資金繰りは悪化し、さらにスケジュールに遅れが生じ、資金繰りがさらに悪化してしまう。

製作費は当初の2500万ドルから3000万ドル、4000万ドルと増えて行き、ついに5000万ドルを超えた。2009年11月6日には、製作費は5200万ドルで、そのうちの2400万ドルが負債になっているというニュースがLA Timesに掲載された

リーマンショック以来、ウォールストリートで投資していた金持ちがブロードウェイで投資するようになったというのが巷のもっぱらの噂だったので、「スパイダーマン」の製作費が膨らんで行くのを見ても、「ウォールストリートの金の亡者達が二匹目の『Wicked』を狙って投資しとるわい」と変な関心しか持っていなかったのが正直なところ。

しかし、2400万ドルの資金が不足して未払いの請求書が溜まっていると聞くと、さすがの金持ち投資家も膨れに膨れる製作費と遅れに遅れるスケジュールに、一昔前のマイケル・チミノ(Michael Cimino)監督映画、「天国の門」("Heaven's Gate")を思い出して逃げ始めたんじゃなかろうか、と心配になった。

1980年の映画「天国の門」は、由緒ある映画製作会社ユナイテッド・アーティスツを倒産に追い込み、その後、監督主導の映画作りからスタジオ主導の映画作りへと移行させるきっかけともなった悪名高い映画だ。

一部では「災害」とまで呼ばれている。

簡単に説明しておくと、こういうことだ。
1978年の映画「ディア・ハンター」("The Deer Hunter")でアカデミー賞を受賞したチミノ監督は、1979年、その年のクリスマス公開を予定して、1100万ドルの予算で「天国の門」を撮影し始めた。しかし、公開予定日になっても撮影は終わらず、結局、映画の公開は当初の予定から遅れること約1年。製作費は当初の予算の4倍もかかってしまう。

もちろん、これで大ヒットとなれば何も問題は無かったのだが、映画は批評家から酷評され、観客から見向きもされず、興行的にも大失敗。

結局、チャールズ・チャップリン(Charles Chaplin)にメアリ・ピックフォード(Mary Pickford)、ダグラス・フェアバンクス(Douglas Fairbanks)にD・W・グリフィス(D. W. Griffith)らが創ったユナイテッド・アーティスツ(UA)は倒産に追い込まれ(MGMに買収される)、映画「天国の門」はUAの地獄の門になってしまった、というわけだ。<注1>

「スパイダーマン」の投資家達が、地獄の門が開く不気味なきしみ音を耳にしたのかどうかは定かでないが、何度も遅れるスケジュールのせいで、決定していた有名人キャスト(MJ役のエヴァン・レイチェル・ウッドEvan Rachel Woodとグリーンゴブリン役のアラン・カミングAlan Cumming)が、プロダクションから次々と去って行くのを見て、財布のヒモが固くなったのは確かだろう。

2月のオープンは3月になり、その後、漠然とした「2010年中に公開」という形で延期された。

"Spider-Man: Turn Off the Dark"(「スパイダーマン:闇の幕を開ける」)ならぬ、"Spider-Man: Dark"(「スパイダーマン:幕、開かず」)になってもおかしくない状況だ。(ちなみに、シアター用語でdarkと言えば「公演していない」という意味。)<注2>

しかし、さすがU2のボノ。
「オペラ座の怪人」("The Phamtom of the Opera")のアンドリュー・ロイド・ウェーバー(Andrew Lloyd Webber)がある席で話したジョークに反応して、シアター界に乗り込んできただけのことはある。

「ロックミュージシャンが25年もそっとしておいてくれたことに感謝しなくては。おかげでシアターは全部わたしのものになったんだから」

宴席でウェーバーが口にしたこんな冗談に反応し、「彼のちょっとした競争相手になってやろうと思って」スパイダーマンを作り始めたボノ。アルバムを1枚出すたびに全世界で数百万枚をあっさり売ってのけるU2のオヤジが、2400万ドルぽっちの資金ショートでこのままウェーバーの競争相手からあっさり脱落するハズがない。

それに、映画「アクロス・ザ・ユニバース」("Across the Universe")に出演してその才能に触れ、「『スパイダーマン』を演出できるのは彼女しかいない」とジュリー・テイモアを演出家に指名し、彼女の参加を自分が参加する唯一の条件にしたのもボノなのだ。

言わば超大作底なし金飲み沼の地盤を固めた(いや、緩めた?)影の立役者なのだから、底なし沼に金を運んでくれる新しい人間を自ら探してきたのも不思議ではない。

結局、ロックコンサートのプロデュースも手がける新プロデューサーをボノが引き入れ、資金が集まり始めた今年の初夏、"Spider-Man: Turn Off the Dark"は再び動き出した。

そして、今年の夏にはリハーサルが始まり、11月14日のプレビュー開始とクリスマス直前のオープンが現実的になってきたのだ。

これに喜んだのはもちろんわたし。
11月前半のNY旅行を計画していたわたしには願ってもないスケジュールだった。

あいにく、リハーサル中のワイヤーアクションで事故があり、当局が安全性を調査、確認するまでプレビュー開始が延期となってしまって、わたしは5回の中断を経て終了したという噂のプレビュー初日を目撃することができなかった。

しかし、今後どこのどいつがなんと評価しようと、この作品だけは見逃すことができない。

だって、この底なし沼からやがて芽が出て金の鳴る木が育つのか、はたまた地獄の門となるのか、それを見届けずにいられるものか!

それに、CGでもなく、アニメでもない生身の3-Dスパイダーマンが、50センチ離れたところに「シュタッ!」と着地するのをこの目で観られるのだ。多少の出来の悪さくらい目をつぶってやるから、最低1年はブロードウェイにぶら下がっていやがれ!

注1:映画「天国の門」がどのようにして名門映画制作会社ユナイテッド・アーティスツを倒産に追い込んだか詳しく知りたい人は、スティーブン・バック(Steven Bach)の「ファイナル・カットー『天国の門』製作の夢と悲惨」(Final Cut: Dreams and Disaster in the Making of HEAVEN'S GATE)を読むべし。
注2:タイトルについてる "Turn Off the Dark"というのは、ボノが、ある子どもが部屋の灯りつけることを"Turn on the light"(灯りをつける)とは言わず、"Turn off the dark"(暗闇を消す)と言っていたという話をしたところからついたらしい。テイモアも、「実際、スパイダーマンがやることも世の中の『暗闇を消す』ことで、とても素晴らしいサブタイトルだと思った」と話している

"Spider-Man: Turn Off the Dark" Official Site

"Spider-Man: Turn Off the Dark"のTVコマーシャル



CBSのテレビ番組"60 minutes"で紹介された"Spider-man: Turn Off the Dark"


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